Simon J. Graham博士

脳深部刺激療法のMRI検査時の発熱を抑制

Simon J. Graham博士は、カナダのトロント大学の関連研究所Sunnybrook Research Institute(SRI)の医学物理学部に所属している、磁気共鳴画像装置(MRI)の物理学者、科学者です。

博士の研究領域は、新しい脳撮像技術の応用方法の開発と実証です。このほど、脳深部刺激療法(DBS)患者の安全な撮像法の開発プロジェクトが、SRIで実施されました。プロジェクトの指揮を執ったのは、最近Graham博士の指導の下で博士課程を修了したClare McElcheran博士です。

DBSインプラントは細長いリード線の先端で電極が露出しているために、MRI時に電極先端部が発熱するおそれがあります。

開発プロジェクトの目的は、MRI検査時にインプラントと高周波(RF)送信場の相互作用によって生じる発熱を抑えることです。

2002年にアメリカ食品医薬品局に認可され、効果的な神経外科手法として広まったDBSは、以来、パーキンソン病、ジストニア、本態性振戦、癲癇、慢性疼痛など、様々な神経症状の治療に利用されてきました。

DBSは、体内に神経刺激装置を植込み、電極を通じて脳の特定部位に電気インパルスを送ることで、異常な神経シグナルを抑制する方法です。パーキンソン病の治療では、治療薬レボドパへの依存を軽減するために活用されています。ドパミン作動薬であるレボドパは優れたパーキンソン病治療薬ではあるものの、長期にわたって使用を続けると耐性が発現し、治療効果が薄れる可能性があります。最終的に効果が消滅するだけでなく、服薬による副作用も看過できません。このため、DBSがレボドパに代わる魅力的な選択肢として注目を集めています。



DBSのMRI検査時の安全上の懸念


DBS患者は、装置の植込み前と植込み後にMRI検査を受ける決まりです。

術前MRI検査は目標部位および植込み位置の決定が目的で、術後MRI検査は植込み位置の確認に加え、潜在的な副作用およびその他の健康状態の評価が目的です。

コンピューター断層撮影法(CT)で代用することも可能ですが、MRIほど鮮明なコントラストは得られません。

しかし、MRIを使うと発熱の危険性があるため、術後検査でのMRIの使用は制限されています。これは、DBS装置と細長いインプラントがMRIのRF場と相互作用し、神経組織が局所的に過剰に発熱しかねないためです。振動RF場によってリード線に誘導電流が流れ、電極先端部に電荷が堆積して電界強度が強まり、結果的に大きな電力蓄積と比吸収率(SAR)の上昇が生じます。これが発熱の原因です。

こうした発熱には様々な要因が絡み合っており、リード線の長さ、電極の位置とRF場に対する方向、RF場の周波数、被写体に蓄積される合計電力によって、カップリングの程度と発熱量は異なります。

こうした理由から、SRIでのプロジェクトの目標は、MRI検査時にDBS電極の発熱を抑えられるような撮像法を開発することにありました。



パラレルトランスミッションで発熱を抑制


リード線の発熱を軽減する様々な撮像法があるなかで、SRIの研究プロジェクトではパラレルトランスミッションという撮像法を選択しました。パラレルトランスミッションは、電磁界を変えることによってリード線とのカップリングを低減する方法で、大きな可能性を秘めています。

入力パラメーターを決定するため、McElcheran博士のチームはAltair Fekoを存分に活用して環境のシミュレーションを行いました。Fekoでパラレルトランスミッションを実行して撮像時に必要な電界と磁界を作り出すことで、電磁界を計算しました。

Clare McElcheran博士は、「Fekoはプロジェクトの成功に欠かせませんでした。実機を制作する前に撮像法の実現可能性を評価し、目標達成に最適なシステムを制作するための設計判断に役立てることができました。Altairの技術サポートは非の打ち所がなく、質問への回答も迅速で、対応していただいたスタッフはFekoソフトウェアに加え、電磁界分野の知識も非常に豊富でした」と述べています。



シミュレーションが鍵を握った


網羅的な実機試験を行うための撮像装置は開発途中で未完成だったため、Fekoでのシミュレーションがプロジェクト成功の鍵を握りました。撮像環境をシミュレーションすることで、実機試験を何度も行うことなく様々な入力パラメーターを調べ、パラレルトランスミッション装置の特性を最適化することができました。

現行の臨床用MRIシステムの磁界強度には、1.5テスラと3テスラの2種類があります。

現在開発中のパラレルトランスミッションは3テスラでの撮像用で、現行の3テスラ装置は非常に初歩的なものしかありません。

商用のパラレルトランスミッションシステムは操作可能な2つのチャンネルで構成されているため、開発中のDBS患者用のプロトタイプでは、パラレルトランスミッションのチャンネル数が最大で16~32チャンネルになる可能性があります。ただ、代替チャンネルは未決定で、そもそも機器が入手可能かどうかについてもまだわかっていません。

そのためシミュレーションは、将来的に、パラレルトランスミッションを最大限に活かせる撮像装置の設計を決めるうえでも役立ちます。



明るい未来へ


実験により、概ね、電極先端部の広域的な発熱を大幅に抑制できることがわかりました。開発チームは、神経組織に相当する試験物でのパラレルトランスミッション実験で、発熱を無視できるレベルにまで抑えられることを実証できたのです。この実験は4年間の研究における初期段階で、まだ人体での検証実験は行われていませんが、この実験結果から、温度上昇をセ氏1度未満に抑制できる可能性が示唆されました(セ氏1度は、規制当局が定める重要な安全性閾値です)。

臨床化への道のりがまだまだ長いのは事実ですが、新しい撮像法の開発に燃える研究チームにとって、初期の実験結果は非常に明るい材料と言えるでしょう。

“FEKOはプロジェクトの成功に欠かせませんでした。実機を制作する前に撮像法の実現可能性を評価し、目標達成に最適なシステムを制作するための設計判断に役立てることができました。Altairの技術サポートは非の打ち所がなく、質問への回答も迅速で、対応していただいたスタッフはFEKOソフトウェアに加え、電磁界分野の知識も非常に豊富でした”

Dr. Clare McElcheran
Ph.D. Student
Sunnybrook Research Institute(SRI)

DBSの目標部位は、視床下核(STN)と淡蒼球内節(GPi)

DBSの目標部位は、視床下核(STN)と淡蒼球内節(GPi)

12cmの電極の先端部の電界: (a)裸線と(b)被覆線(バードケージ型コイルで3Tで撮像)

電極と平行な平面の電界強度のコンタープロット(対数スケール)